615. 爪を噛むことは,幸福でないことの象徴です!

2020.09.29 19:00|家庭教育の考え方
 我が子は,爪を噛むといったしぐさをすることはありませんか?
tsumekiri_woman.png


 担任をしていると,爪を噛む子が小学生にいます。中には,

見事に少しの爪の伸びもないように,きちんと歯で噛んで整えている子がいます。
爪を噛みすぎて,肉の部分が出たり血が出ていたりする子もいます。
学校でもそうしたしぐさがあるので,
「先生,あの子,いつも爪を噛んでいるから汚い。」
と言われる子もいます。
中学生でも成績優秀な子で,知らず知らずのうちに,爪を噛んでいる子がいます。



 爪を噛むということは,心の中が幸福ではないことの象徴です。形に表れた行動は,心の中の状態が投影している形なのです。もし,我が子が爪を噛むといったしぐさをするのならば,このことをはっきりと認識しなければなりません。

 よく心理学の本を読むと,こんなことが書いてあります。
「爪を噛むということは,愛情不足である。愛情を与えるためには,先ず,褒めることから始めるのです。・・・・」
 こんな風に書いてあると,多くの親さんは毎日,褒めることを努力し始めるのです。
これはこれで,よいことなのですが,心から褒める境地になっていない(感情がついていかない)か,あるいはどのように褒めるとよいかが分らないので,なんともぎこちないものになってしまって,困まり果てているという家庭もあります。


では,解決策は,あるのでしょうか?
「子どもには,勉強や家族の人間関係などで,いろいろなストレスや悲しみが生じているのです。それが,爪を噛むという形になって表れて来ているのです。爪を噛むのを直すには,愛情を与えるということです。愛情を与える方法を探して実行すれば,問題は解決するのです。」
mother_nagusameru_boy.png

 これが,最も普通の精神科学的な思考の形式ですが,この考え方にはまだ,その奥に重大な要素が潜んでいるのです。それに気がつかないと,努力すればするほど,悪くなっていきます。

 それは何かというならば,人間観なのです。
人間の本質を絶対善なる存在(我が子は元々よい子だ)と見るか,扱い方によっては善にも悪にもなる動揺極まりないものである(あるときは良く,あるときは悪くなるなど一定していない)と見ているかの違いです。前者の見方が親にできないと,問題は解決しないのです。

 1つの事例でお話をします。いじめがよく報道されますが,このいじめはどこの学校でも起こり得ることです。
 私が管理職をしていた学校でもいじめが,起こりました。1ヶ月くらい前までは仲良く楽しく遊んだり勉強をしていたりした女の子達が,ある子(A子)を中心にクラスの数人の女の子が特定の女の子(B子)を無視したり外したり,暴言を吐いたりし出したのです。その姿は担任から聞くと実に悲しく,B子は何としても救ってあげなければならない状態とわかったのです。
ijime_girls_teacher.png
 担任は,そのいじめている子の顔がいかにも意地悪な顔になり,どうなってしまったのかと困惑していました。

 いじめの中心になっているA子の家に担任が家庭訪問をし,実態を話しました。お母さんは,教育熱心な穏やかな方で,
「すみません。私の仕事が忙しくてこの頃,全くかまってあげていませんでした。淋しかったんですね。」
と言われ,本人を前にして,
「あなたは優しい子で,4年生まで学級委員をやったりして素晴らしい子だったわ。お母さんが忙しさのあまり,
(あなたは,できて当然。)
と思って何ら優しい言葉も感謝の言葉も言わなくなっていたわね。あなたは淋しかったんだね。ごめんなさいね。有実(仮名:B子)ちゃんをあなたが中心になっていじめていたと聞いて,お母さんは本当にびっくりしたわ。だって,あなたは優しい子だもの。お母さんのせいね。ごめんなさい。」

mother_nagusameru.png

 この親子の対話の場面は,担任がそばにいて本当に泣かせられる場面だったと言っていました。いじめに関わった子といじめられた子,それらの保護者に集まってもらい,謝罪と今後のあり方を確認したのですが,子ども達がわいわいと泣く会になるとともに,仲良くなる会となりました。
 翌日からの姿を観察すると,昨日までの姿は全くなく,心から仲良しという明るい雰囲気と姿になっていました。

 これは何を意味するのでしょうか? A子の母親がA子の本質を絶対善なる存在(我が子は,元々よい子だ)と見た結果,A子が本来の姿に戻ったのです。

 実際に見える子どもの姿は,あるときはよい子であったりあるときは悪い子になったりします。でも,子どもの姿がどんなに悪くなっても,
(本当の我が子は,少しも悪くならない,今の姿は本当の姿ではない。)
と,思って我が子に迫れるかどうかなのです。そのように接してもらえば,我が子は淋しいどころではありません。本当に嬉しくなるのです。幸福な心になるのです。
apron_mama.png

 我が子の本当の姿は,素晴らしいという思いになれば,親のまなざしが柔らかく我が子に映ります。その時には,爪を噛む我が子はいないのです。
「そう言えば,あなた,去年はよく爪を噛んでいたね。」
と笑い話ができるようになるのです。

609. イライラする次男は,こうすると穏やかになるのです!

2020.09.23 19:00|家庭教育の考え方
 我が子の中でイライラして,きょうだいにあたる子はいませんか?
pose_shitauchi_man.png


 こんな質問が来ました。
computer_mail.png

「家族は夫婦と,中3の長男,中1の次男,3男の小4です。中1の次男がイライラすると,何かと3男に当たるのです。3男は,全然気にならないみたいですが,私としては3男がかわいそうで,次男がかわいくないというか,憎たらしいと思うことがあります。何とか,この次男に穏やかに生活をしてほしいのですが,どうしたらよいのでしょうか。」


 簡単に言えば,こんな内容の相談です。

 ここで,きょうだい関係についての一般的な傾向をお話しします。
初めに生まれた長男や長女は,1人で親を独占した期間があるので,実質一人っ子という性格をもっています。
mother_amaeruboy.png
 後で,下に何人かきょうだいが生まれても,1人で親を独占した期間があることには変わりません。

 でも,今まで1人で親を独占していたときに,2番目が生まれると,ここには親の愛を奪う競争者が現れたことになります。そこで,2番目に嫉妬したり敵視したりすることがあり,のけ者にしようとします。これは,仕方がないことだと言えば,そうなります。
kenka_friends.png

 そこへ3番目が生まれると,1番目と3番目が結びつき,ますます2番目ははみ出ることとなってしまうのです。

 そこへ4番目が生まれると,2番目と4番目が結びつきやすいこととなります。今は4人のお子さんがいることはあまりありませんが,結びつきとしてはこのように形になります。

 
 親の側から見ると,初めての子には,非常に執着があり一生懸命に気をつかいます。
しかし,2番目になると,慣れと疲れが出てきて,幾分放任気味のところが出てきます。
 そこへ3番目が生まれ,これで子どもはおしまいということになれば,また,執着が復活してくるのです。

 つまり,2番目の子どもは,きょうだいでは上と下に挟まれ,親からは多少放置され気味で,不遇な立場に置かれるのです。そのことで,独立心が強くなり頑張り屋さんとなります。負けず嫌いで競争心が旺盛な子が多いのです。(中には,この不遇な立場に置かれることで,大人しく消極的な姿の子もいます。)

 負けず嫌いで競争心が旺盛な子でも,1人になると,淋しがり屋なのです。お母さんと1人で接する機会があると,急によい子になったりするのです。
mother_nagusameru_boy.png


 親にもいろいろな事情があり,好みがあったりして,親の心の中に,
「この子はかわいいが,あの子はかわいくない。」
などといった無意識的な差別感情が起きてくることがあります。

容姿が自分に似ている,あるいは似ていない。
容姿が夫に似ている,あるいは似ていない。
私の性格と全く一緒で,見ているのも嫌になる。
夫の嫌な性格,そのものの子だわ。


とか,いろいろな条件から無意識的な差別感情が起こってくるのです。


 このような感情が起こってきても,親はこうした感情に押し流されてはいけないのです。親の愛は,どの子に対しても常に公平でないと,必ず,子どもの姿に問題を生じます。

 初めに紹介した,「中1の次男がイライラすると,何かと3男に当たるのです」というのも,こうしたことから起こってきているのです。これは,二人きょうだいでも同じことです。

 では,どうしたらよいかということですが,次のようなことに親として徹底して努力したいのです。

【きょうだいが仲良く育つための鍵】
(1)公平に見る練習をするのです。そして,公平に接するのです。
 どの子も3つくらいは,その子の個性的な良い点を探して,常に褒めるのです。そのことによって,
(お母さんは,ぼくのことをちゃんと知っていてくれる。ぼくは愛されているんだ。)
kosodate_nadenade_naderu_boy.png
と,どの子も思えるのです。


(2)絶対に比較をしないことです。
 親としては,
(この子はよい,この子はまだまだだ。)
などといった意識で,ものを言っているつもりはなくても,子どもにとっては,比較がある以上、どちらかが上で,どちらかは下になります。下の位置で話された子は,
(私は,お母さんに好かれていないんだ。弟は好かれている。こんちくしょう。)
kenka_hair_boys.png
となってしまうのです。


(3)いつも親自身が明るく,笑みを失わないことです。
 親が明るければ,家庭が明るい雰囲気となります。親が暗い雰囲気を出していると,当然家庭は暗くなります。暗い家庭にはそれにふさわしいよくないことがいろいろと起きてきます。
 明るい家庭は,親自身の心のもちようです。
apron_mama.png
(今日もよいことがいっぱいあるよ。)
という息吹を朝から,我が子一人一人に吹き込んでいくことが大切です。


 こうした取り組みがきょうだいを仲良く育てていく鍵であり,また親としての役目なのです。我が子の安定した心持ちをまずは意識して作っていきましょう。それが普通になってきます。

607. 夫婦仲よくしていることが,子どもに幸福な運命を与えるのです!

2020.09.21 19:00|家庭教育の考え方
 我が子は,夫婦仲よくしている生活の中で楽しく暮らしていますか?
couple_baby_dakko_chunen.png
.

 思春期には,男の子も女の子もお互いに相手を意識し,興味をもつものです。
renai2_school.png
その年頃の子どもにとって,無意識的にも意識的にも手本になるのが,父母が仲がよいか悪いかということなのです。
 その仲がよいか悪いかということが,我が子にどのように影響するかを考えてみましょう。

(1)父母の仲が悪ければ,子どもの反抗が生まれます。
 次のような父母の仲が悪い様子があることがあります。
父母が,いつも争っている。
kenka_fuufu.png

お母さんが,ヒステリーを起している。
hysteric_okoru_woman.png

どちらかが,威張り散らしている。
couple_okoru_woman.png

どちらかか,両方かが不倫をしている。
uwaki_genba_woman.png

子どもにとって望まない離婚となる。
rikon_kodomo.png
 このような子どもにとっての期待外れな姿を見ると,
(親は自分のことだけ考えて,生活している。)
(私なんて,どうでもよいと思っている。)
 このように思って,父母に反逆したり,父母を憎んだりするようになります。その結果,子どもは自己破壊に陥ったりして,わざわざ自分の運命を台無しにして,父母への反抗の姿を現わします。
 やむを得ず,離婚になったり死別したりして離れた元のパートナーを子どもの前で悪く言ってはいけないのです。むしろ,
「お父さんは,こんな素敵なところがあったのよ。」
kosodate_oyako_kaiwa_girl.png
などと,よい面を話すくらいでないといけないのです。子どもにとっては親なのです。


(2)父母の仲が悪いことによって,親の子離れができないのです。
 夫婦仲を悪くしていると,いつまで経っても親は子離れができません。その結果,子どもに幸福な運命を与えることができないのです。

 なぜ,子離れができないかといえば,子どもがいなくなると,夫婦2人だけになってしまいます。夫婦2人になってしまえば,仲が悪いので,対話もない状態になります。
(この子がそばにいないと,息苦しくて生活できないわ。)
(あんな人はほっといて,この子さえいれば私はなんとか頑張れるわ。)
mother_nagusameru_boy.png
などと,行き詰まるような生活が始まらないように,いつまでも子どもを自分から手放すことをしないのです。その結果,子どもは親離れができなくなるのです。とうとうなかなか結婚もできないような状態で過ごすことにもなったりします。


(3)夫婦が,仲良く溌剌と楽しく生活していることが,子どもに希望と勇気を与えるのです。
「お父さんとお母さんは,仲がよいなあ。幸せそうだな。」
「2人が仲良くしているので,私もお父さんのような素敵な人と結婚したいわ。」
family.png
などと,憧れをもったり希望をもったりできるのです。そして,仲良く楽しい家庭を実際に築いていくのです。

 夫婦仲よくして生活していくことが,我が子に幸福な運命を与えるのですね。我が子が将来,幸せな生活ができるかできないかは,今の親の手本,次第なのです。

606. かわいい孫なればこそ,子ども夫婦から孫を取り上げてはいけません!

2020.09.20 19:00|家庭教育の考え方
 孫はかわいすぎるけれど,孫の教育を先取りしてはいけないのです!

keirou_katamomi_ojiichan2.png

 おじいさんやおばあさんになると,孫はかわいくてたまらないようにできています。
「自分の子のときは,つい感情的になって叱ったりしたけれど,孫は何をやってもかわいいわ。」
「孫は,何をやっても許せるわ。」
などと言う方がとても多いのですが,孫の直接的な責任者は,親です。
 だから,おじいさんやおばあさんは,息子夫婦・娘夫婦などから孫を取り上げてはいけないのです。

「ああ,何をやっているのかしら。こうすればよいのに。」
などと気になっても,先ず,出しゃばってはいけないのです。
 息子夫婦や娘夫婦の教育が,どんなに未熟であっても老夫婦が乗り出して孫の教育を先取りしないことです。

 家族ですから,孫に対する親の対応を見ていると,
(こうすると,もっとよくなるのに。)
keirou_katamomi_couple2.png
などと思うことは,あるものです。

 でも,孫の直接的な責任者は,親だという自覚があれば,孫に向かって直接,教育するときにも,息子夫婦や娘夫婦の考えを聞いて,その方針に沿って行うような温かい心遣いが大切なのです。

 そうすれば,
「お母さん達は,私達の教育の仕方を理解し,上手にやってくださるから,助かるわ。」
apron_mama.png

という,息子夫婦や娘夫婦の安心した言葉となります。

 また,おじいさんやおばあさんは,
「娘達夫婦が,方針をはっきりと伝えてくれているので,こちらもそれを踏まえて安心して対応できるね。」
family_shopping_bag_paper.png
という安心した言葉が出て来るのです。

 我が子は,祖父母と父母が仲良く,同一歩調で温かくもあり厳しくもある対応をしてくれることが嬉しいのです。なぜなら,みんなに大切にされていると,実感できるからです。

605. 「敬老の日」の由来を理解し,社会に尽くしてきた老人を敬愛しましょう!

2020.09.19 19:00|家庭教育の考え方
 我が子に,「敬老の日」の由来を教え,社会に尽くしてきた老人を敬愛できるようにしましょう!
keirounohi_title2.png


「敬老の日」は,どうしてできたのでしょうか?
 私達は,普通に「敬老の日」と呼んでいますが,始めは,「としよりの日」が始まりとされています。この名前には,ちょっとびっくりしますね。

 1947年(昭和22年)に,兵庫県多可郡野間谷村(現在の八千代町)の門脇政夫村長が提唱したのだそうです。その頃,野間谷村では,
「老人を大切にし,年寄りの知恵を借りて村づくりをしよう。」
という趣旨のもとに,気候もよく農業もあまり忙しくない9月中旬の15日を「としよりの日」として,敬老会を開くようになったのだそうです。

 この「としよりの日」が,1950年(昭和25年)からは兵庫県全体で行われるようになりました。

 そして,1954年(昭和29年)に国民の祝日として制定され,全国各地で祝うこととなりました。
でも,「としより」という呼び方はイメージが悪く,いろいろと議論された結果,「老人の日」と改名されました。
syukujitsu_kokuminno_syukujitsu.png

 1966年(昭和41年)に「国民の祝日法」が改正され,この「老人の日」を国民の祝日と制定するときに,今の「敬老の日」と改名されたのです。

 2001年(平成13年)には,それまで定着していた9月15日からハッピーマンデー制度によって,9月の第3月曜日となったのです。

 この「敬老の日」は,「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し,長寿を祝う」日として国民の祝日に関する法律で定めています。
 つまり,長い間,社会のために尽くしてきた高齢者を敬い,その長寿を祝うのです。そして,高齢者の福祉について一層,関心を深め,高齢者の生活の向上を図っていこうという気持ちが込められているのです。
 この「敬老の日」には,市町村で地域の高齢者の労をねぎらい,長寿を祝う催しが行なわれています。
 
 各家庭では,父母や祖父母の長寿をお祝いする気持ちをもって,この日を迎えたいものです。
keirou_couple_flower2.png
 我が子にとっては,祖父母や近所の老人は,現在の姿からは,過去に活躍し,日本を支えてきてくれた人とはなかなか思えないかもしれません。でも,この方達がいてくれたお陰で,現在の日本の繁栄があることを教えていかなければなりません。

:「おじいちゃんやおばあちゃんなどの年令の人が頑張ってくれたから,今の日本があるのよ。こんな幸せな生活ができるのは有り難いことよ。世界には,その日に食べる物もない子がいっぱいいるの。あなたは幸せでしょ。だとしたら,身近なおじいちゃんやおばあちゃんに何ができるかな。
family_danran.png

:「何か送りたいなあ。
P:それも大事だけれど,『元気で,長生きしてね。』という言葉を伝えることが一番,嬉しいと思うよ。

 このようなことを我が子に伝えながら,今の生活があることの有り難みを「敬老の日」を通じて,感じさせて頂きたいと思います。
プロフィール


名前 : 英ちゃん(柘植 英次)
趣味 : 読書・魚釣り
教育関係履歴:岐阜県の教員
教頭・可児市主任指導主事・校長を経験

家庭教育法について情報発信中

カテゴリー

カレンダー

08 | 2020/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

最近の記事

カウンター

最近のコメント

ブログランキング

リンク先にも、参考になるブログがありますので、お時間あればクリック願います。問題解決、こども達の笑顔に繋がります。

FC2 ランキング

リンク

教育関連サイトの相互リンク募集中。お気軽にメール又は、コメントに依頼ください。


メール

個人的な相談はこちらへどうぞ。許可なく内容を公開することはないので、安心下さい。


名前:
メール:
件名:
本文:

ブックマーク

月別アーカイブ

検索

  • ページトップへ
  • ホームへ